HFMの"お祭り男"江本一真が、毎週月~木曜日夕方4時から
思いっきり調子に乗らせていただきます!

ゴッジあられ完売ありがとうござました。

「三浦さんのお米であられを作りたいんです」とYPパークから相談があったのは呉公開放送の少し前だったでしょうか。「金子さんにあられを作ってもらってゴッジのオフィシャルグッズとして販売したい」みたいな話。そんな話はあってもなかなか実現しないのが世の常。と思っていたんですが、早かったですね。年始には発売開始、発売開始からちょうど3週間で完売御礼!本当にありがとうございました。

材料のもち米を栽培したディレクターの三浦です。

米づくりのこと、もち米のことを少し書きます。

僕が米づくりをはじめたのは9年前、2013年のことです。周防大島で知り合った農家の大ちゃん(同い年)に「いつか自分も米づくりがしたい」という話をしたときのこと。「いつか」というのは2~3年くらい先、生活が落ち着いたら、というイメージでしたが、「米づくりをしたいという思いがあるなら今すぐ始めた方がいい」と大ちゃんは言いました。「米づくりは1年に1回しかできないから、10年やってもたった10回しか経験を積めない。何年たっても素人だよ。」そんな大ちゃんの言葉に後押しされて、いろいろご縁もあって貸してもらえる田んぼも見つかり、その年から米づくりを始めることができました。今年10年目の米づくりになりますが、やっぱり心許ない。ラジオディレクターの10年はそれなりに経験を積んできた印象がありますが、米農家10年はまだまだ初心者マーク、若いなって感じです。

うちで育てているお米はすべて大ちゃんから譲ってもらった苗からはじまっていて、今は苗づくりを共同作業しています。2年目の米づくりのときに「もち米もつくってみない?」とお誘いがありました。明治生まれの周防大島の農家が品種改良をしたもち米で、その方が亡くなる前に新山さんという農家が引き継ぎ、さらにその方から引き継いだのが大ちゃん、当時、そのもち米を栽培しているのは大ちゃん一人だけでした。「自分一人でこの種を継いでいくのは荷が重い。万が一失敗した時に誰かもう一人居てくれたら助かる。自分で失くしてしまうのはもったいない。」という主旨の話だったと記憶しています。最近確認した話では、岡山のもち米にいくつかのお米(多分もち米)を掛け合わせてつくられたとか。いくつかを掛け合わせるという作業自体に数年を要しているでしょうし、その後の選抜(目指す性格のお米だけを選ぶ作業)にもまた数年かかっていることが想像されます。時代も時代ですし、多くの苦労があって出来上がったもち米ですから、簡単に失くしてしまうのはもったいない。食べたらやっぱりおいしいのも簡単に失くせない理由のひとつです。できることなら死ぬまでこのもち米でついたお餅を食べ続けたいですね。ほぼ10年間、他のお米でお餅をついたことないのでわからないですが、この米以外でって気持ちにはならないような気がしています。

すみません、ちょっとしたもち米自慢でした。

ちなみに2021年度産のもち米はありがたいことにすでに完売しているので宣伝目的というわけではございません。

栽培のこだわり。特にこだわってそうしているわけでもないのですが、農薬、肥料を使わないこと。コンバイン、乾燥機を使わずに、はぜ掛けという天日干しの作業すること。はぜ掛けってすごく大変なんですが、自分一人ではやりきれないので、家族や仲間の助けを必要とします。誰かの助けを必要とすることが結構大事な気もしていて。助けて欲しい時に「助けて」と言える自分でいること、言える相手がいること。

あとは、はぜ掛けのある景色が好きというのが大きいです。

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はぜ掛けの竹を立てるのがかなり大変なんですが(途中で倒れてしまったりも)、九年目の新米農家やっとコツをつかめてきたかなという感じ。「よし!上手に立った!」ひとつひとつの作業に喜びがあります。