平和のメッセージを、音楽で、世界へ――「ピース・アーチ・ひろしま クラシック・コンサート」

「ピース・アーチ・ひろしまプロジェクト」は、国際平和の拠点形成に向け、広島から世界へ平和のメッセージを発するプロジェクト。今回の「クラシック・コンサート」では、「Music for Peace」を掲げる広島交響楽団をはじめ、世界中から招聘したアーティストが、平和を願ってハーモニーを届ける。

◆プログラム◆
ショパン《ピアノ協奏曲第1番 ホ短調》op.11
ベートーヴェン《交響曲第9番 ニ短調》op.125「合唱付き」


ショパンのピアノ協奏曲ほど、"若さ"があらわれる曲はない。一つには、ショパン自身の若さ。暗鬱・熱情、感傷、躍動。20歳のショパンの若さが、ぎっしり凝縮されている。もう一つは、ソリストの若さ。ショパン国際ピアノコンクールのファイナルでも演奏されるこの楽曲では、世界中のピアニストがその若き輝きを競う。
前半のプログラム、ショパン《ピアノ協奏曲第1番》のソリスト、小林愛実もまた、ショパン・コンクール(2015)のファイナリストである。ショパンが本作を書き上げた年齢と同じ20歳。溌剌とした足取りで舞台に登場した彼女の若々しさに、期待が膨らむ。
彼女の紡ぐ音には、しかし、若さゆえの内省とも、抑えきれない激情とも明らかに違う、深遠な感性があった。"神童の成熟"をそこに聴く。繊細そのものと言うべき音色、過度の感傷に陥らないフレーズ。感情の手綱を引きながら、それでも漏れ出てくる静かな情熱。花の残り香のような静かな感動が胸に残った。
「平和を願って演奏したいと思います」演奏前に上映されたメッセージで、彼女は語った。演奏を通じて彼女の思いを受け止めた私たちもまた、それぞれのかたちで平和を想ったはずであろう。

 後半のプログラムは、ベートーヴェン《交響曲第9番》、いわゆる「第九」である。シラーの詩「歓喜に寄せて」を題材にした「第九」は、天地創造を思わせる音の靄(もや)から始まり、熱情、苦悩、優しさ、甘美、恐怖などあらゆるドラマを経て、最後は歓喜の大合唱に至る。そのドラマは、人ひとりの人生に置き換えることもできるし、さながら人々の織り成す歴史のようでもある。
合唱の東京オペラシンガーズ、広島交響楽団とシンフォニア・ヴァルソヴィアの合同オーケストラが揃った舞台は、床が抜けはしないかと心配になるほど、演奏者がぎっしり。編成の巨大さを目の当たりにした。
が、その音は視覚から想像するより、もっと巨大。トゥッティで全員の音が調和した瞬間は、音の世界に包み込まれた感覚になり、思わず息をのむ。導くのは秋山和慶のタクト。70分にも及ぶ壮大な楽曲を、きわめて緻密に構成していく。
アダム・パルカのバリトンは突出していた。地の底から響く低音が、心臓を揺さぶる。東京オペラシンガーズの合唱もまた、圧巻。クライマックスでは、天上のハーモニーとシラーの描いた博愛的な世界観――歓喜によってすべての者は兄弟となる――に包まれて、会場にいるすべての人が、歓喜の瞬間を共にしたに違いない。

 ショパンは、ポーランドから亡命して以来、占領された祖国の土を踏むことはなかった。ベートーヴェンも、ウィーンでナポレオン軍の砲火におびえる日々を過ごした。我々が生きる今もまた、平和へは道半ば、世界は激動の中にある。
コンサートに先立ち、湯﨑英彦広島県知事の挨拶があり、各国の演奏家が「世界共通語」たる音楽で、国境を越えてハーモニーを奏でることに触れた。アメリカ、ドイツ、ポーランド、日本――かつて戦火を交えた国もある。それでも今、「抱き合おう!千万の人々よ!」と共に歌う。世界中の人々が抱き合い、分かり合い、赦し合い、そして人類の歴史が平和という名の歓喜に向かうことを願って。ほかならぬ音楽だからこそなしえる奇跡であろう。
この歴史的な2016年、そして特別な日を目前に控えた今、ここ広島から、世界に向けて博愛のメッセージを発したことには、格別の価値があると思う。「抱き合おう!千万の人々よ!」という響きが、アーチ(弓)のような強い力で世界中に届くよう、願ってやまない。

国境越えた度
★★★★★
平和発信度
★★★★★
活動への期待度
★★★★★

Written by ushee