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放送
2018年7月 6日 22:07

第9伝説 東京オペラシンガーズ代表 寺本知生さん

今回は【第9伝説】をテーマにお届けしました。

今年2018年は、日本で第九が演奏されてから100年。

今では年末の恒例となっている第九ですが、そもそもなぜ第九は、日本では年末をイメージさせるものですが、国外ではどうでしょうか。諸説ありますが、元々「年末に第九を」というアイデアが芽吹いたのは1918年のこと。第一次世界大戦が終わって平和を願う声が高まった頃にドイツのライプツィヒで始まり、その後は名門オーケストラであるライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が、毎年の大晦日に「第九」を演奏し続けてきました。 日本では第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)、日本交響楽団(現在のNHK交響楽団)が、12月に3日連続の「第九コンサート」を行って絶賛され、年末に「第九」を演奏する習慣へと受け継がれています。恒例となった年末の「第九」には多くの聴衆が集まりましたが、まだ戦後の混乱期を脱していなかった時代ですから、オーケストラにとっては安心して新年を迎えるための臨時収入に。さらには「うたごえ運動」を背景として合唱が盛んになり、アマチュア合唱団が「第九」を歌い始めます。コンサートには合唱団員の家族や友人たちが駆けつけたためチケットが売り切れることもしばしば。こうした状況が功を奏し、年末の「第九」が完全に定着したと言われています。

 

広島にも'第九伝説'というものがあります。終戦からわずか1年後の昭和21年8月15日、闇市で賑わう広島駅前の猿猴橋町に誕生したのが音楽喫茶「ムシカ」。

・復興に向けて動き始めたばかりの広島で、コーヒーとクラシック音楽を提供しながら、焼野原から立ち上がろうとしていた広島の人たちの心をなぐさめ、精神的な支えとなっていきます。

昭和21年の大晦日のこと。「ムシカ」で、レコードコンサートが開催されました。そこで選ばれたレコードこそ、ベートーベン作曲の「第九」。

その日は、しんしんと雪の降る寒い日でした。レコードコンサートの噂を聞きつけた人々で、店の中も外も人はいっぱい。人々は音楽に震え、涙を流した、というエピソードが残っています。

それ以来、「ムシカ」は、解説付きのレコード鑑賞会を開くなど、文化人が集う場所としても知られるようになります。そして、復興とともに戦後10年が過ぎるころには「うたごえ喫茶」が流行し、「ムシカ」も人々の歌声で満たされていったのです。

世界中で歌われているこの第九ですが、東京オペラシンガーズの代表、寺本知生(ともお) さんをお迎えしてお送りしました。

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教えてクラシックは

「音楽家の伝説、リストの手伝説」と題してお送りしました。

ピアニストのリストはドからソまで届く大きな手の持ち主で、その手から生み出される作品は後世まで届いています!!

お送りした曲は 超絶技巧練習曲 第4曲 マゼッパ

今回放送で使われた曲の紹介


曲目:交響曲第9番
作曲家:ベートーヴェン