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食卓音楽


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2009年2月13日
「PRIDE/今井美樹」

第72回目の今日お届けしたのは、「今井美樹/PRIDE」でした。

「オーディオ専門店の一人娘として生まれた彼女は、JAZZが大好きだった父親の影響で、小さい頃から、いつもJAZZを聴いていたそうです。中でも、オスカー・ピーターソンやエラ・フィッツジェラルドが大のお気に入りで、その後、中学生になって、松任谷由実や矢野顕子の音楽に目覚め、JAZZと合わせて彼女達の音楽も夢中になって聴いていたようです」。
長年、今井美樹を見守り続けているスタッフは、彼女の音楽との出会いについてこう語ります。

1963年4月、宮崎県高鍋市に生まれた今井美樹は、地元の高校を卒業後、フライトアテンダントを目指し、東京の専門学校に進学します。そして専門学校に在学中の1982年の秋、女性ファッション誌『an・an』の読者モデルを務めたのをキッカケに、今井美樹は、『mc Sister』など数々の女性ファッション誌のモデルを務めるようになります。そして1984年5月には、TBS系テレビで放送されたドラマ『輝きたいの』で女優デビュー飾ります。

フライトアテンダントになる夢から一転、モデル、女優としての道を歩き始めた今井美樹は、こんどは、食品メーカー・ハナマルキや、本田技研工業『today』などのCMにも出演。一躍人気者となって行きます。
1986年4月、今井美樹は、映画監督井筒和幸(いづつ・かずゆき)が手掛けた映画『犬死にせしもの』で、スクリーンデビュー。さらに、その直後の86年5月、日本テレビ系ドラマ『妻たちの初体験』の主題歌として起用された『黄昏のモノローグ』で、今度は歌手としてデビューするのでした。

1986年5月、今井美樹は、彼女の声に聞き惚れた周囲のスタッフの勧めもあり、シングル「黄昏のモノローグ」でデビュー。セールスチャート最高位37位、約3万枚の売上を記録します。その後も今井美樹は、女優、モデルとしての活動と並行して、歌手としての活動を始め、毎年シングルを2〜3枚、アルバムを1枚発売していきます。87年に発売したアルバム『elfin』、88年に発売したアルバム『Bewith』が、2年続けて日本レコード大賞優秀アルバム賞を獲得。また88年8月に発売した4枚目のシングル「彼女とTIP ON DUO」は、今井美樹自身もキャンペーンモデルとして出演した秋の資生堂キャンペーンソングに起用され、セールスチャート最高位8位、約14万枚の売上を記録します。

女優、モデル、歌手、それぞれの分野でトップスターとしての道を歩き始めていた今井美樹は、1991年10月からTBS系で放送されたドラマ『あしたがあるから』に主演。翌11月には、このドラマの主題歌に起用された、シングル『PIECE OF MY WISH』が発売されます。
1991年11月に発売された、今井美樹7枚目のシングル「PIECE OF MY WISH」は、彼女自身がドラマの主人公を務めた相乗効果も重なり、彼女にとって初めてセールスチャート最高位1位を獲得、約125万枚の売上を記録する大ヒット曲となります。「歌手としてデビューして約5年。初めは、自分の意思で歌っていたのではなかったんですが、この頃から少しずつ、女優今井美樹としてよりも、歌手今井美樹としての活動に力を入れるようになってきました。彼女自身、歌い手としての面白さが、分かり始めたんでしょうね」。当時のことについて、スタッフはこう振り返ります。

その後も、94年7月に発売した10枚目のシングル「Miss You」が、日本テレビ系ドラマ『禁断の果実』のエンディングテーマとして起用され、今井美樹にとって2枚目となるセールスチャート1位を獲得、約80万枚の売上を記録します。しかし、翌95年アルバム『Love of My Life』リリースと共に行った全国ライブツアー終了後、今井美樹は1年間の休養を取ることを決めます。

「長年、走り続けてきた今井美樹は、リフレッシュするため、1年間の休養をとる予定でした。ところが、フジテレビから、翌96年の秋に放送が予定されていた、ドラマの主題歌提供の話が今井美樹の元に届き、休養を取るどころの話ではなくなったんです」。
フジテレビからのドラマ主題歌提供依頼に対し、レコード会社の担当プロデューサーは、約3年前から今井美樹の楽曲作りに携わっていた、布袋寅泰に曲作りを依頼します。
「約3年前から、今井美樹の曲を作ってくれていた布袋さんは、歌手今井美樹の素質を理解してくれていたんでしょう。ドラマのあらすじなど詳しいことを何も伝えないままに、曲作りをお願したのに、今井美樹の楽曲としても、ドラマの主題歌としても完璧な曲を作ってくれました。当時、今井美樹は休養中でしたが、完成したデモテープを聞いた時、彼女の心に何か響くものがあったんでしょう。ボロボロと、涙を流し続けました」。
「結局、今井美樹は、一年の休養を取る予定でしたが、わずか半年で休養を切り上げて、当時、布袋さんが、彼自身のアルバム制作のために滞在していたロンドンに向い、現地でレコーディングを行います。
ミディアムテンポの楽曲なのですが、バラード的なムードのある歌唱法ではなく、リズムを感じる事を意識して、彼女は歌っています」。
フジテレビ系ドラマ『ドク』の主題歌として起用された、今井美樹12枚目のシングル「PRIDE」は、ドラマがスタートして1ヵ月後の1996年11月に発売されます。

1996年11月に発売された、今井美樹12枚目のシングル「PRIDE」は、発売から約半年近くもセールスチャートにランクインし続け、チャート最高位1位、約162万枚の売上を記録するヒット曲となります。
「彼女の20代を代表する曲が「Piece Of My wish」ならば、30代を代表するヒット曲は間違いなく「PRIDE」です。
「PRIDE」が誕生するまで、彼女を代表する曲は「Piece Of My Wish」しかなく、一時期、彼女は、ファンからのリクエストがあっても、「Piece Of My wish」を歌うことを苦痛に感じていた時期もありました。しかし、「PRIDE」がヒットしたことで、彼女自身もその苦痛を取り払うことができました。彼女の心の中で、何かが吹っ切れたんだと思います。この「PRIDE」は、今井美樹の、歌手としての過渡期を脱出するキッカケとなった曲です。

発売から10年以上たった今でも、彼女はこの曲、「PRIDE」を大切にしています。この曲を愛し続けてくれる数多くのファンがいる。彼女はその想いに応えるためにも、ライブでは必ず歌う曲になりました」。最後に、スタッフはこう教えてくれました。

今井美樹が女性シンガーとして、しっかりとした一歩を踏み出すキッカケとなった、J-POPの名曲の誕生の瞬間でした。

今日OAした曲目
M1.酒とバラの日々/オスカー・ピーターソン・トリオ
M2.黄昏のモノローグ/今井美樹
M3.PIECE OF MY WISH/今井美樹
M4.PRIDE/今井美樹