FRESTA Bimi Smile presents 食卓ON楽

食卓音楽


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2010年4月 2日
「森本ケンタ/おしえてダディ」

131回目の今日お届けしたのは、「森本ケンタ/おしえてダディ」でした

「僕は、小学生の時、ユースオーケストラでバイオリンを弾いていたんです。でも、中学2年になったある日、なぜか突然歌を歌いたくなって、バイオリンを辞め、その代わりにギターを弾くようになったんです。バイオリンを弾きながら歌は歌えないけど、ギターなら弾きながらでも歌が歌えますから」。
クラシックの世界から、ポピュラーミュージックの世界に移ったキッカケについて、森本ケンタさんご本人は、当時をこう振り返ります。
1985年5月、兵庫県神戸市に生まれた森本ケンタは、幼い頃から、竹内まりや、荒井由実、松山千春、そして和田アキ子などの音楽を聴いていた母親の影響で、自然と歌を口ずさむようになります。「バイオリンを弾いていたので、外ではクラシックばかりを聴く生活でしたが、自分の頭の中には、ポップスを歌っている母親の姿が強く印象に残っているんです。僕が、突然歌を歌いたくなったのも、間違いなく母親の影響ですね」。

ギターを弾き、歌を歌うことに夢中になった森本ケンタは、高校進学後に、休みを利用して訪れた広島で、自分の進むべき道を見つけます。
「小学生の時、修学旅行で広島を訪れ、平和記念資料館を見学する機会があったんです。その時は、展示してある資料を見て、子供心に恐怖心を感じたんです。しかし、高校生になって、改めて平和記念資料館を訪れた時、今度は恐怖心ではなく、「大切な家族のために、自分は何ができるんだろうか」という、家族のことを想う気持ちが湧いてきたんです。
その後、色々と考える中で、自分は将来、歌手になって、家族を想う気持ちを歌詞に書き、多くの人達に、自分の想いを、メッセージとして届けることができるようになれば。そう思うようになったんです」

2004年、高校を卒業した森本ケンタは、本格的に歌手としての活動をスタートさせるために、自分が歌手になる決意を固めた地、広島に移り住みます。
「広島に移り住み、より多くの人達に、自分の歌を聴いてもらうために、最初に取り組んだのが、学校ライブでした。学校という場所で、生徒さんや先生、そして親御さんに揃って歌を聴いてもらい、何かを感じてもらいたい。僕の歌を、親子で、そして先生と生徒が一緒に聴くことで、コミュニケーションが生まれるキッカケになってもらえれば。そんな思いで始めたんです」。そして、翌2005年、学校ライブや、イベント出演など少しずつ活動の場が広がりつつあった森本ケンタの下へ、ひとつのチャンスが舞い込みます。

「学校ライブの回数も少しずつ増えて、多くの人達に存在感を知ってもらえるようになってきた9月のある日、フレスタモール「カジル横川」のテナント会のスタッフの方から、「カジル横川」のイベントスペースで、毎月ライブをやってもらえないだろうか」という話を頂いたんです。マンスリーライブを始めた当初は、20人ぐらいしかいなかったお客さんも、ライブを積み重ねるごとに増えていって、それと同時に、ライブを観た人達が、口コミで僕の音楽を、周りの人達に伝えていってくれたんです。僕にとっては、決して、忘れることのできない、音楽活動の原点とも言える場所が生まれたんです」。

こうして、広島で森本ケンタの歌の輪が少しづつ広がる中、2005年10月、森本ケンタは、自身初のシングル「スマイル」をリリースします。
「CDデビューは、あくまで、“歌に、家族を想う気持ちを込めて、多くの人々に届ける”という目標を達成するためのスタートライン」だという森本ケンタ。CDリリース後も、学校ライブを始め、イベントでのライブ活動を積み重ねていき、CDも1年に1枚のペースでリリースしていきます。
そして、昨年、森本ケンタにとって、もうひとつの出会いが巡ってきます。
「フレスタがスーパーマーケットとして第1号店を開業して、今年50周年。来年には、会社設立60周年を迎えることから、“これまで育ててくれた地域の方への恩返しをする”という観点から、社内にプロジェクトチームを立ち上げ、“形あるものを残す”をテーマに、社外向けの記念事業として、愛唱歌を作ることにしたんです。そこで、白羽の矢を立てたのが、森本ケンタさんでした」。歌の制作を企画した、フレスタマーケティング部の西名さんは、こう話します。
「2009年の2月に、社内で、森本さんにライブをしてもらった時、彼がこう言ったんです。「僕の夢は、似島学園の子供達に、お腹いっぱい焼肉を食べさせてあげることです」って。 後で、森本さんから詳しく話を聞くと、彼は、広島に来て間もない頃から、知人を介して知り合った、児童養護施設「似島学園」の子供達と交流を持ち、ボランティア活動を行っていたそうなんですね。そんなことから、常に似島学園の子供達の事を考えている、って言うんです。この言葉に、私を含め、プロジェクトチームのメンバーは共感すると同時に、「彼なら、誰もから愛される歌を作ってもらえるのでは」と思い、曲作りを御願いしたんです」。

2009年8月、「未来の子どもたちへのメッセージ」をテーマに、社内公募で集められた約50通余りの作文をモチーフに、森本ケンタは、曲作りに取り組みます。
「初めは、僕でいいんだろうかという想いもありました。ところが、集められた作文を読んでいく内に、大人達はみんな、子供達の将来(未来)の事を心配しているのが分かったんです。形は違うけど、僕も学校ライブなどを通して、家族や親子のコミュニケーションを図るためのひとつとして、歌にメッセージを込めて歌っています。だったら、僕が、この歌を作って、歌えば、その想いがもっと広がっていくのでは、と考えたんです」

「歌詞には、何もかもが目まぐるしく変わっていく今の時代。昔と違って、今は、父親が、子供達に、物が持っている本当の良さ、空気感、匂いなどを教えてあげるチャンスが少ないと思うんです。子供達も、父親から色々な事を教えてもらう機会が減っています。でも、それじゃいけません。「教えて欲しい」という子供達の願いを感じとって、親は、本物の良さを伝えていかないといけない。その伝えることを通して、親子関係の接点を見つけて欲しい。そんな願いを込めて曲を書きました」。
森本ケンタさんは、こう語ります。
「“真っ白な、君のキャンバス”という歌詞は、子供達の未来は、真っ白なキャンバスと一緒で、父親から色々な本物の良さを教えてもらうことで、色んな色が描かれていくものだということを表しています。クレヨンの使い方、つまり人生、未来の描き方を、父親から教えて欲しいという、子供からの願いも込めています」。
こうして、バックコーラスには一般から選ばれた10名の子供達が参加。地元企業と、地元アーティスト、地域の子供達が共同で作った、シングル「おしえてダディ」は、Bimi Smileブランド初のCDとして、いよいよ4月3日、発売されます。

いよいよ、4月3日発売される、フレスタと森本ケンタ共同プロデュースシングル「おしえてダディ」。
「僕は、この歌が、日本中の親子達の下に届いて、聴いてもらって、親子の共通の話題になってくれればと思っています。
また、多くの学校で子供達に歌ってもらい、学校から育っていくような歌になってもらえればと思っています」。
最後に、森本ケンタさんはこう話してくれました。

「似島学園」の子供たちへの想いが、未来を築く、親子の絆の歌として実を結んだ瞬間でした。

今日OAした曲目
M1.あの鐘を鳴らすのはあなた/和田アキ子
M2.スマイル/森本ケンタ
M3.おしえてダディ/森本ケンタ